美音は、高城の胸に顔をうずめながら、思った。
(このひと、いつもと違う…。)
その予感は、毛越寺の出口へ向かう時に、現実となった。「美音。ごめんよ。イギリスには君を連れて行けなくなった。」
「えっ?」
「家族が一緒に行くことになってしまったんだよ。」高城は、イギリスのカレッジに、教授として迎えられ、単身7月に旅立つことになっていた。高城の教え子で準教授の美音との、男と女の付き合いは、かれこれ10年の付き合いになる。高城の妻と美音は、同期である。
単身赴任であれば、高城の家族の目を気にせずに、二人だけの生活も出来る。それが、美音の夢であった。「私たちのこと、知られちゃった?」
「うん。だいぶ前から気づいていたらしい。しかし、イギリスで君と二人の生活を送ることだけは、許せないと言ってきた。」
「私たち…もうおしまい?」
「5年すれば戻ってくるし…」
「5年も経ったら、わたしもうおばあちゃんになっちゃう…」
「その代わりと言ってはなんだが、教授会に君を推薦しておいたよ。こないだの受賞もあるし、まず君の教授昇進は間違いない。」
男女の別れと、昇進を同レベルで話している高城が、今までとは別人のように思えた。
「さあ、行こうか」
「…ここでお別れするわ。わたしあなたと一緒に歩くことなんて出来ない」
「そうか…」高城は美音の身体から離れた。
美音は、高城の目を見ずに、二人をよけて追い越していく観光客を見ていた。「一人で帰れるのかい?」
「電車で帰るわ。」
「じゃあね。明日の送別会には来てくれるんだろうね。ホテルの部屋も取っておくから。」
「…」
美音には、その言葉が、見知らぬ人の言葉に聞こえた。
あなた、… ここでお別れって
本当なの?
うぅっ、また、捨てられたんだわ…
も、もどってこない…
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(ここで、笑い声…笑どころです)
さてさて、
妄想のなかで、別れを味わったワタクシは、
「うん、教授も悪くないわね。あんな、ひも付きの前立腺の弱くなった男より、若い学生のほうがずっといいし…」
と、持ち前の、「あっちむいてほい症候群」を発揮しながら、
毛越寺の出口へスキップしながら向かうのであった。
(ここでも、笑い声…笑どころです)
どちらかというと、リアルなコメディ。
=実際にあったこわーいお話=アン・ビリーバブル
さて、毛越寺の出口近くへくるころ、急にのどが渇いてきました。
さっきの、高城との長?い口付けで、口の中がからからなのです。
みると、宝物館のほうに、茶店があるのに気づきました。
近づいていくと、主人らしい年配の女性がニコニコと愛想笑を浮かべてわたしに挨拶します。
「どうぞ、休んでいってください」
わたしは、声を出さず、会釈して、赤毛氈の長台に座ります。
「アイスコーヒーを」と、しっかりとした男声で伝えます。
「…えっ、えぇぇぇぇぇ〜っ ?!!!」
(たぶん、半分本気、半分ワザとらしく?女主人がびっくりした声を上げます)
この後は、女主人との女装談義に移行。
アイスコーヒーは奥の別のおばさんに任せて、私の前に座り、時折、全身をなめるように見ながら、話が続きます。
あのね、こないだ物産展で○○に行ったときね、あなたみたいな人いたわヨォ?、とか、
こないだ、ほら歌舞伎の、タマサブローのTV見たけど、女になるのって、ねぇ、大変だったでしょ?
とか、商売上手+時折本心見え隠れの術…
わたしが、毛氈と赤い番傘で、写真を撮っていいかとたずねると、
「どうぞどうぞ♪」
次の写真は私がセルフで撮ったもの。ちゃんと全身入れてます。
「私が撮ってあげるよ」と女主人。
案の定、顔中心の撮影で、大事な脚が切れてる!
そんなかんなの、話をしていると、わたしのミニスカ脚と男声のギャップに気づいた観光客が、私の顔を覗き込み、
「あなたっ! ねっ、ねっ、あの、あれなの?」と、ノタマウ。
「はいはい、そうでございます。男でございます」というと、
「ちょっとぉ?、ほら、来て見なさいよ! 」
と大声で、仲間の観光客を呼ぶ始末。
「れれれ」と、半分びっくりしながら思わぬ展開を面白がるワタシ…
またまた、さっきの女装談義の繰り返し。でも、今度は複数相手。
そのうち、
「写真撮ろうよ」とまでのたまう。
あっちもこっちも(笑)、「旅の恥はかき捨て状態」。
渡されたおばさんたちのカメラや、私のカメラが入り乱れ、茶店の前は、人だかり。
ワタシがパチリしてやると、アンタが主役なんだから座りなさい、との指示。
被写体が次々入れ替わり、パチリパチリ。
最終的には、こんな風な集合写真に…
お店にも邪魔になるだろうと思い、そろそろいとまごいをして、立ち上がり、
礼をして歩き出すと、なんと、叔母様方、感極まっていっせいに、拍手で見送る始末。
たぶん、この後姿のスリットが、原因?だったりしたかも(汗)
静かな庭園に響く、拍手と歓声に、
周囲の関係ない観光客も立ち止まり、
何事かと言う顔でわたしを見つめます。
(ここに来て、わたしは、やっとハズカシサを感じるのでした)
出口の受付の前で、もういちど、叔母様方に会釈。
そして胸の前で小さく手を振ると
またまた大拍手。
ちょっぴりびっくり仰天風の、エピローグでございました。
歩道をゆっくり駐車場へ向かいながら、名残のセルフ撮影をしていたら、
さきほどの叔母様方が、ちょうどマイクロバスに乗り込むところでした。
「あら、あんなところにいたヨォ?」とかなんとか、話してるんだろうナァと、
半分馬鹿にされた感じでもある今回のコミュニケーションに苦笑いのワタクシでございました。
完